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松山地方裁判所 平成5年(ワ)747号 判決 1994年4月19日

原告

井上俊一

被告

仲渡正義

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告両名は連帯して原告に対し、金一三六万三八一〇円及びこれに対する平成三年五月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、本件事故で負傷した原告が、加害車両を運転していた被告正義、加害車両の所有者である被告津美両名に対し、本件事故により原告が被つた損害について、自動車損害賠償保障法三条に基づき損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成三年五月一八日午後八時二〇分頃

(二) 発生場所 松山市三番町一丁目三番地一先市道上

(三) 加害車両 被告正義が運転し、被告津美が所有する軽四貨物自動車(愛媛四〇の三四一一)

(四) 事故態様 被告正義が加害車両を運転して、本件事故現場の市道交差点付近を、勝山一丁目方面から千舟町一丁目方面に向けて、時速約一〇キロメートルで左折中に、同交差点東側を、千舟町一丁目方面から二番町二丁目方面に向けて歩行横断中の被告に、加害車両の左前フエンダー部を接触させた(別紙見取図参照)。

2  原告の本件事故後の入通院状況

原告は本件事故後、次のとおり入通院して治療を受けた。

(一) 南松山病院(実通院日数一五日)

・平成三年五月一八日から同年六月九日まで通院

・平成三年七月二日に通院

(二) 松山笠置記念心臓血管病院(以下「笠置記念病院」という)

・平成三年六月一二日初診(通院)

・平成三年六月一三日から同年六月三〇日まで入院

(三) 本多整形外科

・平成三年七月一日初診(通院)

・平成三年七月二日から同年一〇月一二日まで入院

3  被告らの責任原因

被告らはいずれも、本件事故当時加害車両を自己のため運行の用に供していたから、原告が本件事故により被つた損害について、自動車損害賠償保障法三条により損害賠償の義務を負う。

4  損害の填補

被告らは原告に対し、本件事故による損害賠償金として、治療費も含めて合計四七万三二九四円を支払つた。

二  原告の主張

1  治療費 七七万八一四四円

原告は、本件事故により、次の治療費合計七七万八一四四円を要した。なお、本多整形外科での治療費は請求しない。

・南松山病院 八万六二九四円

・笠置記念病院 六九万一八五〇円

2  慰謝料 三〇万円

原告は、本多整形外科入院中においても、左関節部の疼痛を訴えていたのであり、長期の治療期間を考慮すれば、慰謝料は三〇万円が相当である。

3  休業損害 六〇万八九六〇円

(一) 原告は個人営業をしているため、収入面についての把握が明確でないので、賃金センサスによる平均収入(五〇歳の月収四一万五二〇〇円、日収一万三八四〇円)により請求する。

(二) 原告の本件事故による休業期間は、平成三年五月一八日(本件事故日)から同年六月三〇日までの四四日間である。

(三) 従つて、原告の本件事故による休業損害は六〇万八九六〇円となる。

4  弁護士費用 一五万円

5  よつて、原告は被告らに対し、前記1ないし4の損害賠償金合計一八三万七一〇四円から、損害填補金四七万三二九四円を控除した一三六万三八一〇円、及びこれに対する平成三年五月一八日(本件事故日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告らの反論

1  過失相殺

原告は、交差点を横断するに際し僅かな注意さえ払えば、右方から進入してくる加害車両の存在に気付き、危険を回避できたにも拘わらず、漫然と交差点に進入した過失により、本件事故が発生したものであり、原告にも少なくとも一割の過失がある。

2  相当因果関係のある入通院

原告は、本件事故前から痛風及び左膝関節の病気に罹患しており、原告の笠置記念病院、本多整形外科での入院と本件事故との間には、相当因果関係を欠く。

3  寄与度

原告が本件事故により、ある程度の期間医療機関に通院する必要があり、その間働けなかつたとしても、それは痛風等の既往症の影響するところ大であり、本件事故による寄与度はせいぜい五割である。

4  原告の収入

原告は個人営業者というのであるから、原告の収入額を算出するに際しては、事故前の確定申告額を基準とすべきである。原告が確定申告をしていないのであれば、相当の収入があつたことを確定するに足る立証が必要である。

四  争点

原告の本件事故による損害賠償額が争点であるが、その前提として特に次の各事項が問題となる。

1  本件事故の発生については原告にも過失があるか、過失があるとするとその割合は幾らか。

2  本件事故と相当因果関係のある入通院期間、休業期間はいつまでか。

3  前記入通院期間、休業期間内の損害についても、原告の痛風等の既往症が影響しているか、もし影響しているとすると、本件事故による寄与度は幾らか。

4  本件事故当時の原告の収入は幾らか。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  証拠(甲一二、原告本人、被告正義本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 被告正義は、平成三年五月一八日午後八時二〇分頃、加害車両(軽四貨物自動車)の前照灯をつけて運転し、松山市三番町一丁目三番地一先市道に差しかかり、別紙見取図(以下同じ)<1>地点で減速して左折の合図を出し、<2>地点で右方の確認をしてからハンドルを左に切り、<3>地点で視線を左方に向けると、交差点を<ア>地点から<イ>地点に歩行横断中の原告を発見した。

(二) そこで、被告正義は「危ない」と感じ、慌てて急ブレーキをかけたが間に合わず、別紙見取図記載の<×>地点で、加害車両の左フエンダーに原告の左膝と左手第二指を接触させた。その時の加害車両の速度は時速約一〇キロメートル位であり、原告は転倒せずに<ウ>地点に佇立したままであり、加害車両は<5>地点で止まつた。

2  右認定によると、本件事故当時は夜間ではあるが、加害車両は前照灯もつけていたのであるから、原告は、交差点を横断するに際し、僅かな注意さえ払えば、右方から進入してくる加害車両の存在に気付き、接触の危険を回避できたにも拘わらず、漫然と交差点に進入した過失により加害車両に接触し、本件事故に遭うに至つたことが認められるので、本件事故の発生については、原告にも一割の過失があつたものと認めるのが相当である。

二  争点2(相当因果関係)について

1  認定事実

証拠(甲二・三の各1ないし3、四ないし一三、一四の1・2、一五の1ないし4、原告本人、被告正義本人)によると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故前から痛風及び左膝関節の病気を患つており、平成三年三・四月頃にも勝呂病院に入院していた(原告本人)。

(二) 原告は、本件事故の際、加害車両の左フエンダーに原告の左膝と左手第二指を接触させたが、事故直後も転倒することなく接触地点に佇立したままであつた。そのため、加害車両を運転していた被告正義も、本件事故による衝撃など全く感じなかつた。加害車両には本件事故による凹みなどはできず、ただ加害車両の左前フエンダー部に払拭痕ができただけであり、車両に付着していた埃りが拭えていた程度であつた(甲一二、被告正義本人)。

(三) 原告は、平成三年五月一八日から同年六月九日まで、南松山病院に通院(実通院日数一四日)したが、南松山病院での傷病名は、左膝打撲、左手第二指打撲・左膝後十字靱帯損傷・左膝関節水腫であつた(甲二の1ないし3)。原告は、本件事故から僅か一時間四〇分後に南松山病院で診察を受け、左膝の膝蓋骨に溜まつた淡黄色の体液約一一ccを注射針で吸引してもらつた(甲六)。

(四) 原告は、平成三年六月一二日に笠置記念病院で診察を受け、翌一三日から同年六月三〇日まで笠置記念病院に入院した。笠置記念病院では、原告の傷病名は左手打撲・左膝打撲のみであつた。原告は、笠置記念病院入院中は非常に元気であつたのに、医師の問診に対しては疼痛を訴え、度々無断外出・無断外泊を繰り返したため、医師から強く退院を勧められ、同月三〇日同病院を退院した(甲八)。なお、笠置記念病院の医師は、弁護士法二三条照会による回答書の中で、「原告は、退院時の症状からみて、再度の入院の必要性は認められない。」と回答している(甲四)。

(五) しかるに、原告は、平成三年七月一日本多整形外科で診察を受け、翌二日から同年一〇月一二日まで本多整形外科に入院した。ちなみに、原告は、当時安田生命との間で入通院給付金付の養老保険契約を締結しており、入院の場合は一日一万円、通院の場合は一日三〇〇〇円ないし五〇〇〇円の給付金を支給されるため、原告は本件事故により安田生命から、総額で約四五万円の保険金を受給できた(原告本人)。

2  考察

(一) 左膝関節水腫について

(1) 原告は、本件事故により、左膝関節水腫の傷害を負つたと主張する。

(2) しかし、原告は、本件事故から僅か一時間四〇分後には、南松山病院で左膝に溜まつた水約一一ccを吸引してもらつており、本件事故程度のごく軽い接触事故により、左膝の打撲後僅か一時間四〇分後に、膝蓋骨に大量の水が溜まるなどということは、通常の健康な体であれば考えられないことである。

(3) 原告は、本件事故前から左膝に水が溜まり、それを注射で吸引してもらつていたことを認めており(原告本人調書五一項)、仮に本件事故が引き金となつて原告の左膝に水が溜まつたとしても、本件事故前からの原告の既往症の影響が、極めて大であつたことが認められる。

(二) 左膝後十字靱帯損傷について

(1) 原告は、本件事故により、左膝後十字靱帯損傷の傷害を負つたと主張する。

(2) しかし、笠置記念病院では、原告を左手打撲・左膝打撲とのみ診断し、左膝後十字靱帯損傷とは診断していない(甲三の1ないし3)。本多整形外科は、原告には軽微な左膝後十字靱帯損傷が認められると診断しているが、本件事故との明確な関連性は不明であると判断し、原告の治療費については、自賠責保険ではなく健康保険によつている(甲五)。

(3) 南松山病院では、原告には左膝後十字靱帯損傷が認められると診断しているが、原告が本件事故で受けた衝撃の程度はごく僅かであり、原告の左膝が加害車両の左フエンダーに接触しただけであつて、原告は事故直後も倒れることなく佇立していたのであり、加害車両には払拭痕が残つていただけであるから、この程度のごく軽度な加害車両との接触で、原告が左膝後十字靱帯損傷という重傷を負つたと認めるのは困難である。

(4) 原告には左膝後十字靱帯損傷の症状があつたとすると、それは、原告が本件事故前から患つていた、痛風や関節の病気の影響によることも否定できない。

(三) 本件事故と相当因果関係のある入通院期間

結局、前記1の認定事実、並びに2の(一)(二)の判断、殊に次の各事項に照らせば、本件事故と相当因果関係のある入通院期間は、せいぜい、平成三年五月一八日から同年六月三〇日までの通院のみであり、入院については本件事故と相当因果関係が認められず、また、本件事故と相当因果関係のある休業期間も、せいぜい、平成三年五月一八日から同年六月三〇日までと認めるのが相当である。

(1) 原告は加害車両に軽く接触しただけであり、接触後も倒れることなくその場に佇立していたのであり、加害車両のフエンダーに払拭痕ができただけであつて、原告が本件事故により受けた衝撃の程度はごく軽度のものであつたこと。

(2) 原告は本件事故前から痛風や関節の病気を患つていたこと。

(3) 原告は、本件事故により左膝打撲・左手第二指打撲の傷害を負つたが、左膝後十字靱帯損傷・左膝関節水腫の傷害については、本件事故との間に相当因果関係を認めることに疑問があること。

(4) 原告は、本件事故当時入通院給付金付の生命保険に加入しており、一日でも長い期間、入通院していたい衝動に駆られる立場にあつたこと。

(5) 原告は、笠置記念病院の医師から詐病の疑いがあるとして、強く退院を勧められて、同病院を退院した経過があること。

三  争点3(寄与度)について

1  原告の平成三年五月一八日から同年六月三〇日までの通院による治療、並びにその間の休業が、本件事故と相当因果関係が認められることは、前記二で認定したとおりである。

2  しかし、前記一・二で認定・判断した本件事故の態様、原告が本件事故により受けた衝撃の程度や傷害の程度、原告の既往症等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある通院・休業による損害についても、本件事故の寄与度は五割と認めるのが相当であり、残り五割は原告の既往症である痛風・関節の病気による影響と認める。

3  従つて、原告が、平成三年五月一八日から同年六月三〇日まで通院治療を受け、その間働けなかつたことにより被つた損害について、被告らには五割の限度で損害賠償義務があるに過ぎない。

四  争点4(原告の収入)について

1  原告は、本件事故当時カラオケ機械のリース業を営み、月額五〇万円程度の利益があつたと主張し、賃金センサスの五〇歳の平均月収四一万五二〇〇円を基準として、原告の休業損害を請求する。

2  ところで、原告は本件事故当時確定申告をしていなかつたのであり、確定申告をしていない(税金を納めていない)者であつても、事故当時一定金額の所得があつたことについて、合理的な疑いをいれない程度に立証すれば、その所得金額を基礎として休業損害を認めるべきである。

3  しかし、原告は、本訴において、カラオケ機械リース業に関する会計帳簿類を一切証拠として提出しておらず、その収入金額や必要経費額も主張・立証していないのであつて、ただ単に、平成三年五月から同年八月までの間に、アルバイト社員や原告の妻に支払つた給料の領収証(乙一の1ないし7)と、平成三年六月から同年一〇月までの間に、業者にカラオケ取付工事代金を支払つた際の領収書(乙二の1ないし7)を提出するのみである。これらの領収証だけでは、原告の本件事故当時の所得金額は認められない。

4  結局、原告(本件事故当時五〇歳)については、本件事故(平成三年五月)当時、賃金センサスの平成三年度の産業計・企業規模計・男子労働者の五〇歳~五四歳の年間平均給与額六八二万八四〇〇円の半額に当たる、三四一万四二〇〇円程度の年収(月収二八万四五一六円、一日当たり九三五四円)があつたものと認める。

五  小括

以上の認定判断によると、原告の本件事故による損害賠償金額は、次のとおりとなる。

1  治療費 一三万四八〇四円

(一) 本件事故と相当因果関係のある治療費は、平成三年五月一八日から同年六月三〇日までの通院による治療費である。

(二) そして、原告は、平成三年五月一八日から同年六月九日までは、南松山病院に通院していたのであり、その間の治療費は七万四八〇四円であつた(甲二の2)。

(三) 原告は、平成三年六月一二日笠置記念病院で診察を受け(初診)、翌一三日から同年六月三〇日まで同病院に入院しており、その間の治療費(入院費)は、本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

(四) ところで、原告の南松山病院での二二日間の治療費が七万四八〇四円であつたことに照らして、原告が平成三年六月一〇日から三〇日までの二一日間、引き続き南松山病院に通院していた場合の治療費は、六万円位であつたと推測される。

(五) そこで、原告が、平成三年五月一八日から同年六月三〇日まで、本件事故により通院した場合の治療費は、一三万四八〇四円程度と推測する。

2  慰謝料 三五万円

原告が本件事故により、平成三年五月一八日から同年六月三〇日まで通院していた場合を前提として、その慰謝料額を三五万円と認める。

3  休業損害 四一万一五七六円

(一) 本件事故と相当因果関係のある休業期間は、平成三年五月一八日から同年六月三〇日までの四四日間である。

(二) 原告の本件事故当時の収入額は、一日当たり九三五四円と認めるのが相当であるから、原告の休業損害は四一万一五七六円となる。

9354円×44日=41万1576円

4  過失相殺、割合的認定後の損害額

前記1ないし3の合計八九万六三八〇円について、一割の過失相殺をし、更に寄与率五割を乗じて算出した四〇万三三七一円が、原告が被告らに対し請求できる損害賠償額である。

89万6380円×0.9×0.5=40万3371円

5  原告の損害賠償債権額

(一) 被告らが原告に対し、本件事故による損害賠償金として、既に四七万三二九四円を支払つていることは、当事者間に争いがない。

(二) そうすると、原告は本件事故による損害賠償金を全額受領済みであり、かえつて被告らの過払いとなつている。

第四結論

よつて、原告の本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 紙浦健二)

交通事故現場見取図

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